「マイ哲学」を持っていれば、死も怖くない 


「マイ哲学」を持っていれば、死も怖くない こんにちは!
ホリスティック精神科医の浜野ゆりです。

数年前にベストセラーになり、
文庫化されて読み続けられている本を
本日はご紹介します。

最近、「がん哲学外来」
(がん患者が自分の人生の意味や
死について相談できる外来)や、

現役救急医療医師による
『人は死なない』シリーズが非常に売れ続けて
いることとも合わせて考えると、

団塊の世代が高齢化していき、自身の死についても
意識する人が増えていることや、

それよりも若くてもがんで死期を意識する人が
増えていることが、こうした書籍を手に取る
人が増えている理由なのではと考えます。

ーーーーー

で、本日ご紹介するのは
『死ぬときに後悔すること25』
(大津秀一、新潮文庫)
です。

ホスピス医である著者が
多くの患者さんを看取った経験から、

死に臨む人たちが最も悩む、後悔すること
トップ25を挙げ、それについて
解説した本です。

本日取り上げるのはこの中の23項目め、

23)生と死の問題を乗り越えられなかったこと

です。
ーーーーー

「死後の世界がある」というのは、
科学が優勢な価値観を持つ
現代の特に先進国では、
否定的に見られがちです。

著者の友人は
「結局人は塵になるんですよ、
宇宙の塵に。

僕はどうしてもそう思ってしまう。

一切の幻想を許さないんだ。

科学者としての冷徹な目で
見てしまうんだよ」

と述べたそうです。

ただ、ここで私が感じたのは
「科学者」でも、果たして本当の「真実」を
どこまで理解できているのだろうか?

という点です。
(私自身も科学、特に物理学などは
詳しくない方なので、以下は不正確な
描写が含まれているかもしれません。
その点は恐縮ですが、ご了承ください。)

現在まで主流となってきた科学、特に物理学は
「ニュートン物理学」ともいわれ、
マクロな―――つまり、人の目で見てわかるような
比較的大きな物体の動きや性質に関わるものだといいます。

小さいものでも、せいぜい原子や素粒子レベル。
しかし最近詳細がわかりつつある
量子物理学では、従来のニュートン物理学とは
根本原理がかなり異なるそうです。

たとえば、ある現象を観察する人の意識が
観察された対象(例えば電子)の
振る舞いを変え得るとか、

物理的に離れた対象へ
自分の思考エネルギーが影響しうると
いったことが普通にあるそうです。

「科学的思考」を最高の価値と見なす人たち
――しばしば、名のある科学者でも
あることも多いのですが――
が、私から見ると結構躍起になって

「(スピリチュアルでいうところの)エネルギー」
「個を超えた意識」
といった観点に激しく嫌悪感を示し
批判する発言をすることが多いようです。

例えば臨死体験をして戻ってきた人の
体験談を聞いても

「死に臨んで脳が、少しでも
苦痛から逃れようと本能的に
『脳内麻薬』を分泌して体験させた
『幸せな幻覚』に過ぎない」

と断じます。

もちろん、本人たちがそうした見方で満足し
自身の人生の意味も見い出せ、

死をも恐れず最期の日まで
充実して過ごせているならば、
何も問題ありません。

しかし「科学的」「中立的」「論理的」
思考や価値観を固守しようとするあまり
日々の自分の生活に意義を見出せない場合は
そろそろもっと柔軟性を発揮しても良いのでは?
とも思うのです。

ーーーーー

前述『死ぬときに後悔すること25』
の中で著者は、以下のことを述べています。

「いや実際に、それ(浜野注:人生の意義や
死後どうなるかということ)をあまり
考えることなく死期が迫った人は、
戸惑うのである。

生きていることが単純に幸せで、
死ぬことが単純に不幸なら、
人の生涯は最後に不幸が来て
それで確定となってしまう。

そのように考えるなら、
人生は最後に必ず負け戦で
終わるもの、あるいは究極的には
喪失が連続する体験ということに
なってしまうだろう。

また、もし死の意味を
見出し得なければ、
死は大きな恐怖となって
眼前に立ちふさがるだろう。

(中略)

幸せの頂点を極めれば
次に来るのは不幸だし、

逆にどん底の極みにだったら
以後は何をしても幸せが
感じられるだろう。

一見、人生は不沈極まりない
ようにさえ見える。

だからこそ何らかの軸、
それが死生観や人生観だと
思うのだが、そういうものが
ないと溺れてしまうのだろう。

(中略)

確かに成功者と言われるような人たちは、
何かしらそのような「マイ哲学」が
あったような気がする。

もちろん「マイ哲学」が単なる
快楽主義のような浅いものであった
場合は、最後になって
築き上げた城は崩壊したが、

独自の人生観を「マイ哲学」で
築いていた人間は、死を前にしても
堂々たるものだった。

(中略)

もっと生と死について知り、
それに対して己の考えを
確立できれば、

間違いなく
終末期となっても
後悔や恐怖は少ないし、

もちろん元気なうちから
それが心の柱としてあれば、
たくましくこの世を生きていけるに
違いないと思っている。」

ーーーーー

あなたは人生の意味や
迫り来る死の意味を
ご自分なりに「これだ」と
捉えらえるスタンス、価値観、
つまり自分なりの死生観
(=マイ哲学)を手に入れていますか?

ーーーーー

次回は同じ本の中から
もう1つの後悔項目、

24)神仏の教えを知らなかったこと

を取り上げます。

『死ぬときに公開すること25』


浜野ゆり

浜野ゆり の紹介

ホリスティック精神科医。通常の精神医学や心理学の他、心身を癒す分子整合(オーソモレキュラー)医学にもとづく栄養療法や、催眠療法・瞑想・レイキ・アロマさらには占いも習得。これらをフル活用してみなさまの統合的健康と幸せ感獲得のお手伝いをします。
カテゴリー: スピリチュアル, メンタルヘルス, 幸福度   パーマリンク

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