宗教、スピリチュアルにも「セカンドオピニオン」を


宗教、スピリチュアルにも「セカンドオピニオン」をこんにちは!ホリスティック精神科医の浜野ゆりです。

前回に続いて、今回も
『死ぬときに後悔すること25』
(大津秀一、新潮文庫)

からのテーマです。

前回は
23)生と死の問題を乗り越えられなかったこと

に関して、実際に死期が迫ってからではなく
平穏で健康なうちから
自分なりの死生観=「マイ哲学」
を持っている人ほど、

死を恐れず、
かつ日々の人生を充実させて
生きていけている人が多いことを
お伝えしました。

今回は次の章で説明されている
後悔事項、

24)神仏の教えを知らなかったこと

についてご説明します。

ーーーーー

がんをはじめとして、
死期を意識せざるを得ない
状態になった時に感じる

人生上の痛みを
「スピリチュアル・ペイン」
と言います。

終末期医療での痛みは
身体面や精神的寂しさのみならず、
人生の意義や死後どうなるのかという、

通常の心理学や「常識」では
何ともしがたいことへの痛みがあり、

「緩和ケア」とはそうした
魂レベルの痛みをもケアする
ことが理想です。

このスピリチュアル・ペインへのケアについて
「村田理論」というものがあり、
以下の3本柱の1つでも揺らぐと動揺するが、

他の2本が強固ならば
かなり持ちこたえられる、
というものです。

その3本柱とは

・時間存在=死を超えた将来を確信できる
・関係存在=信頼できる家族・友・医療者等がいる
・自律存在=自己決定できる力

です。

で、病気などが重度になると
多くの場合まず「自律存在」が脅かされ、
健康で自律・自立できるという
セルフイメージが失われ、
これがうつなどのきっかけになります。

その上「時間存在」が持てていないと
どうしても他者との人間関係のみに
依存することになり、

本人も周りの人たちも
荷が重いことになりがちです。

それにその段階までの人生で
互いに信頼し合い、支え合えるような
人間関係を作って来なかった人は

この唯一の柱さえ、ほとんどない
ということになりがちです。

病院の緩和ケア病棟や
ホスピスでは、そうした
孤立無援の状態に置かれた
患者さんも多くおられます。

私自身も大学病院時代
外科や内科、あるいは放射線科の
病棟に呼ばれて
そうした患者さんとも接しましたし、

友人のホスピス医も同様の
話をしていました。

ここで1つ注意すべきは、
それまで数十年間、
宗教的な観点を持ってみたことがなく
でも何とか死への恐怖感から救われたいという
切迫したニーズから入ってしまうと、

下手すると宗教(特に新興宗教や、
昔からある宗教でも原理性の高い、
ある意味極端な価値観を
推し進めるのを良しとするタイプのもの)

の教義を聞いて一瞬で
心を奪われることがあります。

いわゆる「ハマる」という
状態ですね。

『死ぬときに後悔すること25』著者の
大津氏は、以下のように述べています。

ーーーーー

「それで救われるならよいが、
医者ばかりでなく、宗教も
『セカンドオピニオン』を
求めてみても良いのではないだろうか。

一人の宗教者が言うことより、
別の宗教者が言うことのほうが、
自分に合っているなんてことも
あるだろう。

いくつかの宗教に触れてみて、
比較吟味してみるのが良い
のではないかと思う。

個人的には、特定の人を崇め奉るような
宗教はどうなのだろうと思う。

宗教は心の修行なのであるからして、
それを通して各人が克己するものであり、
誰かを盲信したとしても己の修行には
遠いのではないだろうか。

とはいえ、人は考えるのをさぼりたがる
生き物でもあり、「絶対帰依」の誘惑は
意外なほど振り切り難いから
やっかいなことだ。

(中略)

とはいえ、終末期になって焦って
宗教を求めても、
天国や来世を得ることはできても、
心の修行は成るかというと
微妙かもしれない。

やはり健康なうちから、
もっと死生観のみならず
宗教についても知り、学び、
考えておくのが望ましいのではないか。

また、複数の宗教について知ると、
まがい物の宗教の瑕疵がわかるように
なってくるという効用もある。

そういう自分なりの宗教判断の
基準を作るためにも、
宗教について知ろうとするのは
良いことだと私は思う。

家族の一人が怪しい宗教に
帰依してしまったために、
家庭が崩壊してしまう例も
少なくない。

安全に使えるようになった
医療用麻薬等と違い、
怪しい宗教は完全な「麻薬」であろう。

考える力を奪うことで、苦しみも取る、
そういうことだ。

とにかく怪しい宗教に対して
免疫をつけておくためにも、
一般的な宗教を一度は
学習することをおすすめする。」

ーーーーー

包丁の使い方や性教育と同様に、
宗教やスピリチュアルも
「危ないから」と、ただ遠ざけておくと、

何かのきっかけで触れた時に
その質も見分けれず、
つきあい方の距離感もわからず

振り回されてしまう危険性が
非常に高くなってしまいます。

それにそもそも、宗教に限らず
哲学も心理学も、
何も死が迫ってから役立つものではなく、

日々の自分の判断や対人関係を良くしたり、
自身の精神状態を安定させ
気分良く過ごすための強力なツールです。

食わず嫌いせず、普通の暮らしを
できているうちから、ぜひ
少しずつでも触れておくことを
お勧めします。

『死ぬときに公開すること25』


浜野ゆり

浜野ゆり の紹介

ホリスティック精神科医。通常の精神医学や心理学の他、心身を癒す分子整合(オーソモレキュラー)医学にもとづく栄養療法や、催眠療法・瞑想・レイキ・アロマさらには占いも習得。これらをフル活用してみなさまの統合的健康と幸せ感獲得のお手伝いをします。
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